○よう知らんうちに書くのだが、ネオ進化論とサ(th)ッチャリズム・レーガノミックス
流行した時期って一致していないか?。ブリテン人の、何が何でも自己保存だとか排他・排除性
を基礎とする分析は、基本じゃなくって、かれらの社会性を表現しているに過ぎないんじゃ
ないのかね。cultural harassmentとしてそれが科学的表現となっている、と。バブル時代は
日本でも阿呆の村上龍などが煽動して俗な阿呆の優生学の風潮が漂っていたが、それと
メリットクラッツが合体していて、ぎすぎすした人間関係が潜在的にあった。忘れることはできない。
分析が足りないんじゃないのか。また棲み分け理論は本当に時代遅れなのか(私は今西さんの
方が肌が合うし、リアルに感じる)。ネオ進化論の初期設定をおいて順々に説明してゆくその手続き
にそもそも違和感をもつ。しかしそうすると私の方があらかじめの全体性の優位を主張している
ことになるのか。勿論、分子生物学などを否定するつもりはないのだが。