津野田忠重『秘録・東条英機暗殺計画』(河出文庫・絶版)。題名はどぎついが、
忠重さんの弟の知重さん伝。陸大卒業二位の秀才。この津野田事件で軍籍剥奪。
敗戦後はしかし東京12チャンネルの事業本部長などをしているらしいから(検索
で出てくる)、事件をきっかけに世捨て人になったわけではない。
ポイントは東條暗殺よりも、皇族内閣の提言の是非にある。三笠宮との関連。
昭和研究会の酒井三郎の回顧(中公文庫)にも、石原莞爾の皇族内閣論による
支那事変」解決法が出てくる(p.271-272)。津野田は石原にその建白書を
見せている。こういうところからの案だったのか?。結局、東久邇内閣案は敗戦後
に実現する。その建白書が残っていないことは痛い。


暗殺計画などのこのような「事後」からみると無意味に見えることはしかし存外
にきわめて重要である。私は「事中」の思考を選ぶ。「事中のなかの事中」こそが
事後からみると愚劣に見えるものなのだ。村上一郎さんの「戦中派の条理と
不条理」(『明治維新の精神過程』増補版に所収)に、村上さんは、いろんな
ことを書かれている。革新官僚の美濃部洋次への失望だとか。かれが戦中の末に
一番の敵と捉えた、近衛文麿吉田茂の系。近衛を倒せば吉田は出てこまいと
村上さんは睨んでいた(だから近衛を暗殺することを考えていたことなど・・)
のに、近衛は戦後すぐ自殺し、しかしそれにもかかわらず吉田は出てきた。戦中の
なかの事中に、いまなお働く問題圏がありそうだ。革新軍人と内務省官僚のかわり
に大蔵官僚と英米派外務官僚が出てくることなど。自由党に官僚あがりをどんどん
と入れ込ましたのも吉田である。吉田論をきちんと読まなくっちゃね。私自身は
鳩山一郎が戦後のなかの保守本流だと思っている。しかし北岡伸一さん(中公文庫
の「戦後首相」での岸信介稿)では、それとは違うようだ。


東條(岩浪)由布子『祖父東條英機「一切語るなかれ」』(文春文庫)。
残念ながらあまりおもしろくない。東條の遺言が掲載されているところは参考に
なる。あまりおもしろくないのはコミットメントが足りないから。東條といえば
悪評に塗れた人で、汚名悪名を一身に背負って死んだという悲劇性はあるの
だから、そこを探究するべし。「一切語るなかれ」の遺命を破っているのだから、
もっと踏み込んでよい。ただ東條の自決失敗はひどい。そこは遺族として批難
するべし。(「あまりおもしろくない」と書いたけれど、また読みは変わるかも
しれないけれどもね)。


河野司『私の二・二六事件』(河出文庫・絶版)の弟の寿さん(二・二六事件
牧野伸顕在湯河原への襲撃組)の自決のときは、軍人家族として、周囲が一番に
心配していることは、自決(切腹)をやりとげることにある。これを最後まで
遂行することが最も困難であって、中途で失敗することなどは、不名誉の最たる
もの。これが軍人家族の常識であることから顧みるならば、東條の自決失敗が、
戦陣訓を作った人間の、首相・陸軍大臣・参謀総長を一時一身に兼ねていた人間の
するべきこととは考えられないことが、我々にも分かるであろう(いくら準備
が足りずに自決したとはいえど)。


小林一博『「支那通」一軍人の光と影』(柏書房)という磯谷廉介伝。小林氏は
磯谷の姪の旦那。磯谷はこれまた重要人物。傍系ではない。小林氏はとくに石原
莞爾との関連に焦点をあてている。その石原観に論点がある。磯谷(丹波篠山の
出)と同郷の先輩本庄繁との往復書簡が掲載されている。
http://www.eonet.ne.jp/~zarigani/hp1.htmは丹波人物伝。細見さんが篠山
のこと、デカンショ節のことを書かれた文章があったね。
私は、ちょっとしか触れられていない、磯谷と辻政信との関連をもっと詰めて
欲しかったと思っている。辻はよくわからんところがある。石原莞爾の東亜連盟
に共感しながら(戦後の失踪はそれだろう?)、なぜあんなに強硬論を煽って
満州国を崩壊させることになるのか。


最近、ようやく北一輝の「日本改造法案(大綱)」(鱒書房)を入手したん
だが(遅いね。北って、あまり好きじゃないんだな。村上一郎さんの『北一輝論』
もあまりぴんと来なかったんだよね)、要するに、OS(operations system)で
ある。ほんとに皇道派若手士官がこれを実現しようとしていたのかといえば
疑わしいのだが。ただこれを読んで、ようやく、別のOSを作ろうとしていた、
片倉衷の『片倉参謀の証言 叛乱と鎮圧』(芙蓉書房)所収の「筑水の片言」
「瞑想余録」「政治的非常事変勃発に処する対策要綱」などの意義が知れた。
高橋正衛『昭和の軍閥』では片倉などが二葉会の嫡流だという表現もある
(p.261)。


田中新一、清の兄弟(高橋『昭和の軍閥』。p.302)、清が姫路歩兵第三十九
聯隊大隊長をしているということは、兵庫県の出身なのだろうか。ちょっと
気になる。個人的に。


あと蓮實重彦さんの『帝国の陰謀』(河出書房新社・1991年)。第二帝政ク・
デタの黒幕のド・モルニーの署名論。蓮實さんが、ここまで明確にデリダ
サール論争について言及することも珍しいのだろうか?、よく知らないが。
おもしろいね。(訂正。河出じゃなくて、日本文芸社だった)。


『軍事研究』今月号をたまたま読んでいたら(普段は全然、チェックして
いない)、なぜ、イラク派遣隊が北部方面隊・第二師団が主力なのかについての
推測が書かれていた。北鎮夫さんの筆。あと『週刊朝日』2/27号での、前陸上
幕僚長中谷正寛氏、前々陸上幕僚長の磯島恒夫氏へのインタヴューはおもしろ
かった。戦前ならば陸軍省軍務局があって、予算計上などはお手の物だったが
(機密費もあった)、今はそこが、大変なんだなあ。こんなことを書くと、
防衛庁の防衛省への格上げ運動に共感しているように思われるかもしれないが。